ジムの会長は拳闘家

ボクサー時代

ボクサー時代の話。

結婚するまではボクシングで大金を稼ごうと本気で取り組んでいました。

プロのジムに入門し、練習生時代が2年、プロになってから10年間精一杯やりました。

現在はプロ格闘技のジャンルが総合格闘技やK-1など色々な選択肢がありますが、当時は格闘技で大金を手に入れるならボクシングでした(キックやシュートボクシングもありましたが)

また自分がジムに入門した頃は辰吉丈一郎選手、鬼塚勝也選手、川島郭志選手、井岡弘樹選手、平仲明信選手が世界チャンピオンになりボクシングブームが再び起きていた印象があります。

地方の田舎のジムでしたが辰吉丈一郎が世界チャンピオンになった頃は入門者が100名近くいました。

今じゃ考えられない話です。

当時お世話になったジムの会長は日本で1、2位を争う高齢の会長(北海道の会長が亡くなるまでは2番目)でした。

現在のボクシングジムは洗練されていて教え方も段階を踏んで教えるし、スパーリング(グローブをつけて殴り合う実戦練習)も計画的にやってると思います。ジムでの教えもボクシングを教えてくれます。

自分のジムは違いました。

教えてくれたのは拳闘

会長が戦前に活躍した拳闘家だったからです。

構え方やパンチの打ち方、ミット、バッグ打ちもある程度教えてくれますが一月もたてば

「おう、スパーリングやってみろ」

と会長から突然声がかかりスパーリングをやります。

他のジムだと熟練者は初心者に手加減をして打たせたり多少打ち込んでも本気を出すことはないと思いますが我がジムはガチンコの倒し合いです。

スパーリング=本気の倒し合い』

それが当たり前で暗黙の了解(常識)となっていました。

先輩ボクサーも全力で倒しに来るので初心者はけっこうな確率で倒されます

自分は中学・高校と空手を習っていたので初めてのスパーリングで4回戦プロボクサーの先輩とやり、たまたまダウンを取ったので次からやる時はしばらく毎回ボコボコにされました。

それでも気持ちだけは負けたくなかったので絶対に倒れたことは無かったです。

そんな弱肉強食の世界でスパーリングの教えも

「一発打たれたら三倍にして返せ!」「前へ出ろ!」「手を出せ!」が基本

こんな調子ではなかなか強い選手が育つのは無理です。

強くなったとしてもごく一部の人間のみ。

自分の様に意志が固くやり続けることが出来る人間か

天性の才能のある者しか残れません。

昔はそんな教えで良かったと思いますが

今の時代は誰もついて来れないです。若い子はとくに。

そんな環境で育ってきたので他のジムへ出向いて練習をしに行った時に向こうのトレーナーに

「毎回倒しに行かなくてもいい。7割の力でスピードを意識してタイミングを合わせたり距離感を身に着けろ」

と教えてもらった時は衝撃でした。

「倒し合いじゃないんや~」と目から鱗でした。

また向こうの会長から「次の試合まで何ラウンドぐらいスパーリングするの?」と聞かれ

「え!?何ラウンドするんですかね」とボケた返事を返してました。

我がジムは会長のその日の声掛けによってスパーを2R~6Rやるんですが会長の気分次第でした。

計画なんて立てたことは無し。

他のジムではスパーリングを事前に計画的に決めてやってるのをこの時に初めて知ることになります。

こんなジムでしたが会長自身の現役時代はファイターで破竹の連勝を続けていた人。

戦争がはじまりタイトル目前に戦地へ

終戦後に復帰して30歳過ぎて日本タイトルに挑戦をしたのですが判定負けをしてグローブを飾り引退。

仕事をしながら自分でボクシングジムを開くことになります。

そんな苦労人で性格も頑固。ボクシングのことになると一本筋の通った人でした。

そんな人柄の会長だったので自分は好きでしたね。

現役時代はかなり無茶ぶりなことをいわれましたが

ボクシングに関してはマンガ「はじめの一歩」に出てくる鴨川会長みたいな人柄

でも普段は猫田会長みたいでした!

会長とのエピソードは事欠かないのでまたの機会に。


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